つないだ手を離さないで



     
ラビューラビュー



     自分よりもずっと高い体温。少しだけ湿気を含んだ肌。
     初めて触れた時は正直、いい気持ちはしなかった。

     かつてそう白状したら、物凄く怒られた記憶がある。
     それからというもの、この小さな困った先輩は、頻繁に手をつなぐ行為を強請るようになってしまった。
     最初の頃、丁重に断ったらケチケチすんなとまた怒られた。


     ので、結局今このような状態に、至っている。


      「世の中に手をつながないコイビトなんてないんだ」

     むくれて、強引に腕を取られ、いつものように触れる掌。

      「絶対」

     うん。と一人納得するように頷く頭ひとつ分半低い横顔を眺めながら、心の奥で軽く溜息を吐いた。
     この溜息は、この人と一緒に居るようになってからのクセのようなもので、きっと八割の諦念と二割の愛しさで構成されているのだと思う。

      「…な、なんだよ」
      「何がですか?」

     気がつけば彼は少しだけ眉を寄せ、バツの悪そうな表情を浮かべてこちらをじっと見上げている。

      「ずっと黙ったまんまでさ。…や、やなのかよ、俺と手つなぐの」
      「…」

     軽い驚きが、胸を急襲した。
     右手の、ほんの端っこを摘むように触れている左手、指先。
     言葉の割に物凄く控えめなその触れ方は、本当は、不安でいっぱいなのだという彼の心が伝わってきそうで。

      「…やならやだってちゃんと云えよ、ほ、本当にやなら止めてやるから」

     視線を合わせず、唇を尖らせてそんな事を早口で捲したてるように。
     髪に隠れて見えない小さな耳で、自分の様子をうかがっている事も、本当は知っている。

     だから。
     そんな彼の左手を思い切り強く、握りしめた。

      「うわっ」
      「嫌だなんて云ってません」

     自分よりも一回り小さなその手を包み込めば、
     大きく振り仰いでこちらを凝視している、驚きを乗せたまるい瞳にぶつかる。

      「最初は戸惑いましたけど、もう慣れました」

     開き直った、という方が正解に近いかもしれない。

      「それに、こうしてないと先輩はいつもふらふらと何処かへ行ってしまうので」

     自分の掌の中の他人のそれが、じわりと汗をかいているのを感じ、どこか不思議な気持ちになる。

      「今は、こうしている事が一番いい方法だとこれまでの経験から学びました」

     見下ろせば、先ほどまで驚きの表情だった彼の顔が、みるみる赤く染まっていく最中だった。

      「…なんだそれ」

     しかしそんな赤面する自分に気づいたのか、照れ隠しのようにそっぽを向いて、小さく呟く。

      「なんか俺、迷子防止に手つながれてるガキみたいじゃん」
      「…近いものはありますね」
      「なんだそれー!」

     再び機嫌の悪くなった彼の左手を、つないだまま指でそっとなぞった。

      「何処にも行かないで欲しいんですよ」

     掌で
     指で
     声でつなぐ。




     つないだ手を離さないでと願うのは、本当は自分なのだ。






     
□END□