郵便受けを開くのが、帰宅する際の習慣になっている。



カタン。と硬質な音をたててそこから出てきた一枚の絵葉書。
当たり障りの無い風景の写真を乗せたそれをめくると、見慣れた文字で住所と名前が記されていた。

『乾 貞治 様』

これだけはいつ見ても慣れない。
何だか妙な気分になりながら、宛先の下にある文字の埋まった四角い枠に目を通す。
ここが玄関先である事なんて、自分の中では最早どうでもいい事柄に成り下がっていた。
携帯電話という文明の利器を所有しているクセに、彼は頑なにメール機能を使おうとしない。
一方的に送るのは自分だけで、けれど大した苦情も寄せられなかったのでそのまま続けていた。
しかしそれは云ってみれば独りよがりの自己満足ともいえる行為で。

自分の事を、想いを知っていて欲しい。
さりげない文面の奥底に潜む、醜いエゴ。

それをいつの日か見破られてしまうのではないかと、内心いつも怯えていた。
そんな鬱々とした毎日を過ごしていた、彼が旅立って一ヶ月も経った頃だろうか。
郵便受けに、一枚の絵葉書が投函された。
メールは余り好きでは無いから、と始められたその文面からは、彼の憮然とした表情がありありと感じ取れた。
変なところで律儀な彼は、送られてくるメールを放っておく事も出来ず、結果手紙を出すという行動に出たのだと思う。
以来、忘れた頃に彼からの便りは届く。どういう形であれ、それが楽しみな自分が居る。
チームメイトには話していない。そういった話題も出ないという事は彼もまた然りなのだろう。

自分はメールで。
そして彼は葉書で。

そんな密やかな交流が、妙に自分達らしいな、と指に馴染む紙の感触を楽しみながら思う。
葉書には、彼の近況(例えばリハビリのメニューがこういう風に変わった事とか)が詳細に書かれ、
次に、自分が彼に送ったメールの中で気になったものだけに2、3返事をつけていた。
その後に少しだけ尖った文字で小さく『下らない事を送ってくるな』とあり、思わず苦笑する。
いつもと変わらない文面をゆっくりと目で追っていくと、
僅かに書き淀んだのだろうか、狭い枠の最後のスペースに無理矢理入れ込むような、一行があった。
ずっと俯いていた為、ズレてしまった眼鏡を押し上げそれを読む。

数週間先の日付と、『帰る。』という文字。

彼らしくも無い、突発的に書いたのだろうそれは、
いつものような整ったものでは無く、最後の方なんてほとんど読めなくて不格好だった。
ぺらりと裏返して、写真を見る。夏なのに雪の被った北欧の山脈の写真。
もう一度ひっくり返して、黒い文字列を指でそっとなぞった。



待ってるから。
だから早く帰っておいで。






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