この年の差を呪わなかった事など一度もない。



 「知ってます?」

首筋から耳朶へ、唇を押しつけながら、吐息と共に囁く。
髪で見え隠れする白く柔らかな皮膚は、それだけでびくりと震える。

 「先生、伝説の教師って云われてるんですよ」

俺たち生徒の間で。
ギシ、と彼の腰掛けた椅子の背凭れが、軋むように鳴って。
何も云わずただ黙って愛撫を受けている相手の頬に、唇を這わせた。
しかしすぐに眼鏡の弦にぶつかって、ムードの欠片も無い邪魔なそれをそっと外し、学生服の胸ポケットに収める。
それでも彼は何も云わなかった。

 「笑わせますよね。こんな事してるのに伝説の教師?」

ク、と喉の奥で笑いながら指を顎に掛けて顔をこちらに向ける。
伏せられた瞳。縁取る睫毛は長く、同じ男なのに妙な気分にさせられる。
放課後の誰も居ない社会科準備室。彼と自分の格好の逢い引き場となったそこで、不毛な行為を繰り返す。
どれだけ酷い言葉をぶつけても、煽っても、彼は黙ったままだった。
怒鳴る事も詰る事もせずに、半ば自棄のように身体を預けてくる。

 「いっそみんなにバラしますか」

髪を梳きながら、閉じた瞼の上に唇を落とす。
何事にも動じない、年の割に落ち着いた風貌。正しい判断と適した対応で生徒を導く。
授業だって文句なしに分かり易い。だからこそ、彼を伝説の教師と呼んで崇めている教師や生徒にこの姿を見せてやりたい。
投げやりで自暴自棄の、それでいて快楽には敏感な。

 「そうすれば、この学校に居られなくなりますよ」

そんな脅迫めいた言葉にさえ、彼の耳は反応しない。

 「そうしたいなら、そうすればいい」

冷たい指先が、こめかみを伝い、髪を撫でるように触れてくる。
無意識に身体が強張った。伏せていた瞳を開けた彼がこちらを見ていた。

 「お前の独りよがりな独占欲につき合っていられる程、俺は暇じゃ無いんだ」

それに。

一旦言葉を切った後、彼は髪に触れていた指を移動させ、
身動き出来ずにいる自分のポケットから、眼鏡を抜き取った。

 「俺が学校に居られなくなって一番困るのはお前じゃないか、乾」

カチャリ、とそれを掛ける硬質な音。
反論も、反応も出来ずにただ立ちつくす。そんな自分の肩を掴むと、
その反動で相手が椅子から立ちあがり、脇を通り過ぎて準備室から出ていった。
握っていた拳に、ゆっくりと力が込もっていく。
ひやりと浴びせかけられた言葉は、余りにも本質を突いていて、何も云えなかった。







□END□

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手塚が高校教師、乾が生徒という設定です。
WJで見た伝説の教師トレカを見ていてもたってもいられず書きました。