1007



どうしようか。と思い悩んでいた時、

 「凄いな、手塚」

言葉の割に全然凄そうじゃない声で、乾が長身を屈め教室に入って来た。



10月7日。
自分の誕生日なのだが、朝の登校時からこの放課後までの間、
知っている人達からも、知らない人達からも多くのプレゼントをもらった。
その数、大きな紙袋(見かねた担任が持ってきてくれた)にして合計、五つ。
気持ちは――――――嬉しいのだけれど、とてもじゃないが一人では持ちきれず。

とにかく持てるだけ持って、残りはロッカーに置いていこうとも思ったのだが、
その中には確か

「ナマモノだから今日中に食べてね」

と女子生徒から渡された物も沢山有ったので、それも難しい。



そして、それを見計らったかのように現われた乾。
心得てる。という感じで口許に笑みを作り、四角い眼鏡の男はこちらを見た。

 「多分今頃教室で悩んでるんじゃないかと思って来てみたんだけど。予想通りだったね」

 「そう思うなら運ぶのを手伝え」

憮然としてそう言うと、はいはいと苦笑しながら近づいて来た。



 「それにしても…この量は新記録じゃないか?」
紙袋を覗き込みながら尋ねてくる男の傍らで帰り支度をしつつ、
 「さあ。数えた事が無いから」
とだけ、答える。
確かに昨年と比べれば多いような気もするが、余り気にした事が無い。
 「ま、こういうのは俺としてもデータに取りたくないけど」
 「?、何でだ?」
データ命の男のクセに、珍しい事を口にする。
 「手塚の事だからねぇ。どうしても私情が入って」
“正確なデータにならないんだよ。”と、ニッコリ。

――――――とりあえず、それは聞き流す事にした。



 「あ、これ越前にもらった?」
 「あぁ、サポーター」
 「これは桃だろ」
 「何で分かるんだ?」
 「レギュラーの中だと食べ物関係は桃か菊丸だからね」
 「成程…」
ちなみに菊丸からは、今日昼食を奢ってもらった。
 「で、これは不二」
 「この話、続きはまだ翻訳されていないから先に出ている洋書をくれた」
 「手塚も読んでるんだ、このシリーズ」
 「…何だ、その顔は」
 「いや、意外だなーと思って」

ハタ。と気づいて、顔を上げる。
 「…って乾、どうして俺達は帰らずにもらったプレゼントの品評会をやっているんだ?」
窓の方を見ると、夕陽が何時の間にか消えていた。
 「あぁ、ゴメン。つい楽しくてうっかり」
 「うっかりって…とにかく、帰るぞ。もう日も暮れた」
紙袋に手を伸ばすと、「待って手塚」と上から制止の声が落ちる。
 「?」
振り返ると鞄の中からゴソゴソと何かを取りだし、こちらを向く乾。
 「はい。俺からのプレゼント―――もらってくれる?」
 「…あぁ」
有難う。と礼を言うと、乾が机に座ったまま(二人だけだと案外こいつは行儀が悪い)
「開けてみて」と嬉しそうに促してくる。
言われるまま封を切り、ガサガサと綺麗にラッピングされたそれを開けていくと、

中から出てきたのは深い深い―――濃紺のマフラー。

 「…これは、」

確か二週間、いや三週間前――――――

 「前、一緒に出掛けた時、手塚ずっとここの店の前で止まってたから」
 「そんなにずっと立ち止まってないだろう」
 「うん。普通の人なら僅かな時間だけど、手塚が足を止めるのって珍しいし」
手の中にあったそれを、机から降りた乾がヒョイっと持っていって、
 「で、俺も後で覗いてみたらこのマフラーがあったから。
 黒と白と、この色。手塚の好きな色は青系だから、じゃあこれかなと思って贈ったんだけど」
“如何ですか?”とまるで洒落た店員のようにフワリとそれを首に巻きつけてくる。
その暖かさに身を竦めつつ…何というか…ただ驚くしかなかった。

 「…お前の、こういう洞察力の鋭さには毎回本当に…驚く」

呟くように本音を口に出すと、蝶々結びにしたマフラーを解きながら乾が眉を軽く上げた。

 「そうかな?」

自覚が無いから、余計に凄いのだ。この男は。

 「有難う。……大事にする」

聴き取れない程小さく。小さく感謝の言葉を呟いて。
乾からのプレゼントをしっかり小脇に抱え、紙袋を持ち上げた。

 「…帰るぞ」

穏やかに笑ってゆっくりと頷き、乾も隣で残りの袋に手を掛ける。


――――――と。


 「手塚手塚、大事なものを忘れてた。こっち向いて」

 「?」

一体今度は何なんだ?
少しだけ眉を顰め文句を言おうと勢い良く振り返ったその口に、

 「誕生日、おめでとう」

乾の唇が、 重なった。





……

………



ガシャッ。
バサバサバサバサバサッ



驚いて、両手から落ちた紙袋からは、大量にカラフルな贈物が滑り落ちて。
乾と二人、床の上を這いながら、それを片付けた。

不意打ちのキスが、こんなに心臓に悪いものなのかと、
別に知らなくていいような事を知ってしまった、誕生日だった。



…本当に、不覚だった。



(馬鹿乾。)






□END□