私達は嘘つきである。
「柳生」
「…」
「やーぎゅーう」
「…」
「柳生ちゃん」
「………仁王くん、申し訳無いのですが」
「暇。相手して」
「少し黙っては頂けないでしょうか」
溜息をひとつ、手にしていた文庫本の間に栞を挟んで、ぱたりと閉じる。
顔を上げると眼鏡越し、隣に座っている男の悪戯な色が強い視線とぶつかった。
「遊んで」
「人の話を聞いて下さい」
机の上に頬杖を突いて、聞いてるじゃんと不満げな声。
外は雨。
部活は休み。
微かな雨の匂いと湿気を纏う教室で、バスが来る時間まで本を読んでいた。
別に一緒に居た訳では無く。
気がつけば銀髪の男が隣に座っていたのだ。
「…後少しで読み終わりますから」
なぞる指になじむ本の表紙。
今まさに犯人が明かされようとする場面で中断してある。
ミステリ好きにとっては、謎解きの段階こそ誰にも邪魔されず読みたいものなのだが、
突然の来訪者はそんな自分の状況なんて全くお構いなしなのだろう。容易に想像出来た。
全く以て気まぐれで我侭で不遜な男である。
「それまで待っていて下さい」
窘めるように云えば一瞬だけ大人しくなったものの、
しかし懲りずにそっとこちらの肩に掌を置き、ぐんと至近距離を作った。
「仁王くん?」
何をするつもりだ、と怪訝に身体をずらそうとしたが、余りに近すぎて結局徒労に終わってしまう。
笑みを滲ませた口許が、不意に耳の外郭を掠める。頁を開けたものの、物語に全く集中出来ない。
「何なんですか、一体…」
「それ、犯人義理の弟だぜえ」
「…」
「良くあるお家絡みの私怨が殺害理由。序盤の密室トリックは…」
盛大なネタばらしを投下し、なおかつ流麗な口調でトリックを語り終えると、彼は悪びれた様子も無くぺろりと耳たぶを軽く舐め上げた。
何だか動物っぽい。突如襲った生温い感触に思わず首を竦めてしまう。
「…」
「ほい、問題解決。だから遊んで柳生」
「……」
「…って、おーい」
眼鏡を押し上げ、何事も無かったように頁をめくる。その対応に、彼が少し戸惑う。
「聞いてるか?俺の話」
「聞いてますよ、聞きましたよ確かに。しかし私は自分の目で確認するまで物事を投げ出さない主義ですので」
正直、ここまで読み進めたのだからという意地もある。
淡々と無表情のままで活字に目を這わす自分を、彼はまじまじと眺めているようだったが、
しばらくしてその肩に頭を乗せ、意味深に笑った。
「いいねえ。そんなお前が大好きだよ」
「どうも。私は他人の楽しみを奪う方を好きにはなれませんが」
そんな会話のやりとり。
現実が、自分と彼との関係が、推理小説の種明かしのそれのように明確であったらいいのに、と思う。
けれど私達はどうしようもなく嘘つきだから、きっとそれは不可能なのだろう。
本心を隠して、表面を欺瞞で覆いつくして。
臆病な私たちは、一緒に居る。
□END□