柳生の舌はあまい。
「柳生」
柳生のまつげは長い。
「やーぎゅーう」
閉じた瞳はぞっとする程。
「柳生って、おい」
きっと俺だけしか見てない。
キスしてって云ったら軽く戸惑っておずおずと近づいてきた。
その顔はひどく真面目でそれが逆に笑えてでも堪えてそれを待った。
唇にはされなかった。
右頬にそっと触れた感触に今度は声を出して笑うと黙って下さいと耳許で云われた。
じゃあ少しだけ黙ろう。
目を瞑ってそれだけを追う。唇と、吐息と、においと。
それは雰囲気だけで震えていてすごく怯えていてまるで心臓を掴まれてるみたいで。
そんなに怖がらなくてもいいのに、と告げたらすみません。と返された。
怖がられるような事を何度もしたのは俺だから、俺がそんな事云うのも奇妙な話だ。
柳生の頬には痣が。
黒っぽく変色した痣がある。俺がつけた。
口で云うより手を上げる方が多くなって、それでも柳生は何も云わなくて。
本当は、こんな事止めて欲しいと云えばそれで終わるのだと云う事を教えてやらず、また殴った。
止めてと一言。それで全てが終わるのに。
ざら、と生温い感触に首筋がぞくりと粟立つ。
それは耳朶に移動して、丹念に舐めていく。愛撫だけ上手くなる柳生。
「それはキスじゃねーだろ」
片腕をその首に回す。清潔な襟足。少しだけたじろぐ身体。
顔はもう見えない。ここからじゃ近すぎて見えない。息遣いしかわからない。
こうやって俺の声を聴くふりをして本当は自分の事しか考えてない。
柳生は自分の事しか好きじゃない。俺の事を好きな自分が好きな柳生。
そんな柳生がきらいで暴力をふるう俺と、それでも俺を好きだと云う可哀想な柳生。
柳生。柳生柳生柳生やぎゅう。
けして唇に触れないその舌はあまいだろうか。
□END□