初めて遭った時。 そう、思った。



準レギュラー専用コートから見える、赤みが掛かった、髪。

(あぁ、また向日先輩が跳んでいる…)

試合形式の練習を終え、タオルで汗を拭きながら、ボンヤリとそれを眺めた。

氷帝学園テニス部は、部員200名を超える大所帯である。
その為、通常の部活時間中に練習出来る者は限られていた。

正レギュラーと、準レギュラー。

同じレギュラーでもそう区別されて、個別のコートで各自練習する。
それでも練習出来るだけ、いいのだ。
幾ら他の部よりも優遇されているとはいえ、如何せん所属人数が多い。

実力で這い上がっていく世界。

それが当たり前に、自分の目の前に広がっている。
1年でレギュラーを勝ち取る者も居れば、3年間球拾いで終わる者も居る。

下克上が通用する世界。

その緊張感が、心地良かったし、監督の方針にとても共感した。

チラ、と横に視線を遣ると、
タイミング良く自分を呼ぶ声、少しだけ甲高い。

 「ひーよーしー!」

見ると、声の主が正レギュラー専用コートから勢い良く顔を出していた。

この小さな、ひとつ年上の先輩・向日岳人は屈託なく笑いながら、
ブンブンと大仰に片手を振って、こちらに向かって声を張り上げる。

 「あとで俺と試合しよーぜー!」

突然そんな事を言う彼に、ベンチに腰を下ろしたまま、

 「お断りします。」

とだけ、返した。

 「なんでだよー!!」

途端、返ってくる不満そうな声。
この人の考える事など、すぐに理解る。

 「幾ら先輩とはいえ、敵に余り自分の掌中を見せたく無いので」

 「んだよーケチー!ちょっとくらいいーだろーバーカ!!」

何故かこの人は、演武テニスが大のお気に入りなのだった。
おそらく派手な身体の動き(単に自分は古武術の動きを取り入れただけなのだが)
が、彼の余り普通とは云い難いテニスセンスの琴線に触れたのだろう。
そんな訳なので、彼は演武テニスを真似ようと、自分に試合を挑んでくる。

傍迷惑と云えば、傍迷惑な話だ。

別に、先輩はそんな技、真似しなくても今の実力で、十分正レギュラーとして通用するじゃないですか。

無意識にせり上がってきた言葉をグ、と喉で押し殺す。
馬鹿馬鹿しい。
いつかは倒すべき相手かもしれない。
そんな人と馴れ合って、どうするつもりだ。

タオルで口許を押さえながら、僅か自嘲的に、唇を歪めた。

…馬鹿馬鹿しい。

 「日吉!俺は絶対あきらめないからな!演武テニス!!絶対パクる!!」

再び甲高い怒号。
…その決意はテニスプレイヤーとしてどうなのか…。
そんな疑問が湧き上がったが、どうにも彼が真剣な眼差しだったので…逆に笑えてしまった。
何笑ってんだよテメエとか何とか聴こえたが、どうやらとうとう跡部部長に諌められたらしい。
渋々とコートに戻りながら、それでも大きな瞳でこちらに視線を飛ばして来た。

驚く程、真っ直ぐな。

それが上手く、受け取れなくて、
軽く頭を伏せ、礼をする事でその視線を受け流す。

ドカドカと勝手に自分の領域に踏み込んで来る処。
裏表の無いその視線や言葉が、胸に直接突き刺さる。





そんな彼が、苦手だった。










苦手だった、筈なのに。



















ベンチから立ち上がって、濡れたタオルをぱさりと置く。

そこから見える、軽やかに舞う、
陽射しを受けて光る薄赤色の髪の毛が、遠慮無く視界に入った。



綺麗だな、と思った。

 

□END□

そんなはじまり。