気がつけば、視野に入る。

気がつけば、視界に映る。





つまり、彼は目につきやすい、存在なのだった。




窓際の席は、想像力を働かせるのに丁度いい場所だ。
午後の授業、初老の教師が江戸幕府成立について淡々と説明している。
それに耳を傾けながら、ノートに描かれた年表の上をシャープペンで手慰みに何度もなぞった。

要約すると、暇だった。

歴史の授業は嫌いでは無い。
ただ、今日のこの、うららかな春の陽気が意識の邪魔をして、集中力が散漫してしまうのだ。
こういう日は、早く部活に行って、身体を動かすに限る。
しかしその部活が始まるまで、あと2時間は余裕にあった。

カツカツ、と、黒板にチョークを走らせる音。
その内容をノートに記していく生徒。全員前を見ている。
ほぼ後ろの、窓際の席に座っている日吉はそんなクラスメイト達を醒めた目で眺めていた。
一糸乱れず、一斉に行動する。
枠からはみ出る気は無いが、見ていて気持ちのいいものでも無い。

アウトサイダーを軽蔑する反面、それに憧れる自分も居る。

ひとつ溜息を吐いて、何の気無しに外に視線を落とす。
窓から見下ろせる広大なグラウンド。
ジャージの色から察するにどうやら3年生の体育の時間らしい。

無意識に、目を細める。



団体行動から明らかにはみ出している人物が、ひとり。




(向日先輩だ…)




一目で判別してしまう自分が、何となく嫌だった。
ほのかにピンク掛かった髪の毛。
おかっぱ頭という奇抜な髪型と、常人離れした跳躍力。
小柄な身体を精一杯生かしたアクロバティックは、既に学園内の名物で。

目立つ人だ。
だから、自分が容易く判別するのも仕方無いと思う。

けれど、やはり釈然としない。一目で彼だと判ってしまう自分に。

(…まぁ、だけど)

面白いので、少しだけ観察してみよう。と日吉は思った。

社会の授業を完全に放棄し、そっと上体を窓際に寄せる。
氷帝学園はその生徒数の多さ故、体育の授業はクラス合同で行う。
どうやら対戦形式でサッカーをやっているらしい。
けれど岳人はサッカーに参加しておらず、グラウンドの隅の方に立っていた。
彼の回りには2、3人、友人と思われる生徒が取り巻いて、楽しそうに話をしている。

小さいクセに、強烈に印象に残る人物。
それが向日岳人だった。良くも悪くも印象的なのである。
それは自分にとっても例外では無く、自分の中で彼は「欄外」として位置していた。

好き。
嫌い。
只の先輩。

等…こういう風にラベリング出来ないのだ。

出遭ってすぐは、ハッキリ云って「嫌い」に位置づけされていたのだが。
何故か目をつけられ(嬉しくない)、構われている内に、「嫌い」では無くなった。
かといって、「只の先輩」に位置するのか、と云われればそれもしっくり来ない。

結局、日吉は岳人に対し、ラベリングを施す事を止めた。
正体が判らない。不透明な存在のまま放っておくのはなんとなく気持ち悪かったが、
自分の気持ちからして先ず良く判らないのだから、放っておくしか方法は無いのだ。



じっと、岳人を見つめる。
彼はというと、大げさなジェスチャーを交えて何か喋っている風だった。
テニス部のジャージではなく、学園指定のジャージだと、少し雰囲気が変わる。
あんな人でも、一応上級生なのだ。
と、何となく我に返る。部活の時は上も下も無い、そんな世界に居るから。

ともすれば引き摺り落とす。実力で。
手を伸ばせば、そこに彼が居るのだ。

けれど、こうして普通の学園生活に戻ると、
彼と自分の間に何か目に見えない壁があるような、そんな気がする。

手を伸ばしても。

こうして視線を傾けていても。



彼はおそらく、気がつかない。




(こっちを。)


楽しそうに笑う顔。


(こっちを見て下さい。)


小さな身体を一杯に伸ばして。





(向日先輩。)




心の奥で、呼びかけたその瞬間。





嘘みたいに、彼がこちらを振り仰いだ。




顔を上げて、大きな瞳がじっと見つめる。




余りに突然で、動けなかった。逸らす事も、出来なかった。





彼はこちらを認識し、ニイッと笑うと、ぶんぶん両手を元気良く振る。
ようやく状況を把握して、思わず口許を覆った。反応なんか出来なかった。





(しまった。)

と、何故か思った。











(見つかった。)

 

□END□

不意打ちくらってちょっとビックリ。