『先輩、これあげます。』

手渡されたのは、何の変哲も無い2枚綴りのバンドエイドだった。

 『薬局行ったらおまけで貰ったので。』

無表情な後輩はそこで言葉を切り、視線をこっちに寄越す。

 『先輩よく怪我しますから、幾ら有っても困らないでしょう。』

目が合うなんて、珍しいな。

 『まぁ、こういうものは使わないのが一番いいんですけど。』

それは心配してくれているのか、それとも忠告か、説教か、…皮肉なのか。
こいつから放たれる言葉は複雑で、良く分からないけれど。

 『サンキュ。』

何でか、胸の辺りが ほわん って、した。



 「いってぇー…」

ぴょんぴょんと片足で器用に飛び跳ねながら、向日岳人はようやくベンチに辿り着いた。
ダブルスのパートナーである忍足侑士が今だ部活に出ていないので、
珍しく起きていたジロー相手に軽く打ち合っていたのだが、
早々に大ジャンプをかまし、着地に失敗して右脛を擦りむいてしまった。

無駄にアクロバティックを多用する岳人のテニスは、怪我がつきものなのである。

しかしそれが自分のプレイスタイルであるし、変える気も無いので、
岳人は手慣れた様子でコート脇のベンチに座り、置いてあった救急箱に手を伸ばす。
ジローはあの後、「お大事に〜」と勝ち逃げたまま、何処かへフラフラ行ってしまった。
どうせまた眠くなったのだろう。結局は跡部にバレて殴られるのがオチなのに…。
アイツも凝りねーヤツだなぁ、と自分の事は棚に上げ、そんな事を思った。
バチン、と救急箱の蓋を開けると、

 「なんやまた派手にこけたんやなぁ」

タイミング良く、穏やかな低音が頭上から降ってくる。
 
 「おっせーよ侑士」

隣に腰掛けた声の主、ジャージ姿の忍足に軽いパンチを繰り出すが、
彼は笑いながらそれを難無く受け止め「スマンスマン」と素直に謝った。

 「せやけどお前もなんやねん。パートナーのおらへんうちからケガしおってからに。練習出来るんか?」
 「こんなんケガのうちに入んねーよ」

ヘヘンと不敵に笑ってやると、「…それもそーか」と忍足もつられて苦笑する。
岳人のダブルスパートナーとして一番長く組んでいるのが、この男だ。
2年の頃、岳人は今よりひどい怪我を何度もしていた。忍足はそれを知っている。
確かに彼等にとって、岳人の今の傷は「怪我」の範疇にも入らないのだろう。

 「ホレ、脚出してみ」

そして岳人の傷の手当てをするのも、何時の間にか忍足の役目になっていた。

 「しーみーんーでー」

ヒッヒッと悪人笑いをしながら、傷口にマキロンを噴きつける。

 「ってぇ!!」

侑士のアホもっと丁寧にしやがれー!と憎まれ口を叩きつつも、
岳人はきちんと手当てを受ける。これは長年培った信頼関係の賜物かもしれない。

 「…ま、だいぶこーやって手当てすんのも減ったけどな」
 「偉いだろ!オレ上手くなったからな!」
 「岳ちゃんにもちゃんと学習機能があったんやねえ」
 「何だソレ?何キノー?」
 「…いやいや、なんも。バンソコちょーだい」
 「ん」

がさごそとハーフパンツのポケットの中を探る。
岳人は日常茶飯事のように怪我をする。学校でも、部活でも、下手をすれば登下校中にも。

なので彼は、いつもバンドエイドを所持している。

そしてそんな彼を知っている友人達に、何時の頃からかバンドエイドを進呈されるようになった。
結果、ポケットの中には沢山のカラフルなバンドエイドが集まった。

 「侑士どれがい?」
 「キティちゃんとか可愛いんちゃう?」

掌に乗っている中から、忍足が指先でネコのキャラクターをちょい、と差す。

最近皆から貰うバンドエイドはキャラクターものが多い。
女子の友達からの頂き物はほとんどがそんな感じなので、

 「お、シンプル発見」

“それ”は逆に、良く目立った。

 「…あ。」

日吉に貰った、バンドエイドだった。

 「珍しなぁ、岳人がこんな地味なん持ってるの。昔懐かしの稱創膏や」

味気ない茶色のバンドエイドを、指先で摘む。
忍足の言う通り、懐かしい、悪く言えば古臭い型の稱創膏だ。
2枚綴りの1枚から、中身を取り出そうとした彼の手を、

 「ち―――…ょっと待った!」

思わずガシッと、掴んでしまった。

僅かに驚いた顔を見せる忍足。

 「岳人?」

それ以上に、そんな行動をとった自分の方が、物凄く驚いていた。

 「どしたん?」
 「…や、べ、別にー?」

慌てて両手を離し何事も無い風を装ったが、時既に遅く。

 「あれ?もしかしてコレ、使ったらあかんヤツ?」

鋭い男はニヤリと笑いながら、別のバンドエイドを手に取り、
岳人の脛にそれを貼りつけた。先程言っていたキティちゃんの柄だ。

 「ちっげーよ、別に!」
 「そない大事なモンやったらちゃんと置いとかなあかんやん」

忍足はニッコリ笑って茶色いバンドエイドを岳人に返却する。

 「ちがうっつってるだろ!バカ侑士!!」
 「…で?それ、誰にもーたんかなぁ?俺の知っとる奴?」
 「聞ーてんのかよ!もー!!」



別に大事でも、特別なものでも無い、ハズ。なのだ。

だけど奴に貰った時、ほわん って、したから。

それがちょっと、いつもと違ったから。だから、一瞬躊躇しただけだ。



ただそれだけ。



 「それだけだかんな!!」

 「……はぁ?」



一人自己完結する岳人。
しかし忍足は、不可解な表情で首を傾げるだけだった。

 

□END□

忍足&岳人も大好きです。